最後の転職にしたくて、ここに決めました。

YOSHIHIRO MATSUBARA

ELECTRICAL AND ELECTRONIC DESIGN

松原 吉弘
電気・電子設計技術職 

電子情報システム科卒
2008年キャリア入社

エンジニア、販売職。もう一度、エンジニアに。

プリント配線基板のメーカーで製造を4年、設計を3年。もっと人との関わりを持てる仕事をしてみたいと思っていたところ、たまたま縁があり、アパレル販売員になりました。いろいろな価値観のお客さまと会話できる。その人の好み、状況に合わせて勧めるのがおもしろい。クレーム対応も苦にならない。「天職だね」と妻から言われるくらい、活き活きと働いていました。「気持ちよく接客してくれてありがとう」と、お客さまから感謝のハガキをもらったこともありました。ただ、家庭の事情で土日に休まざるをえなくなったんです。お店に迷惑をかけるわけにいかない。泣く泣く1年半で販売員を退職しました。ものづくりは好きだから、技術職に戻ろう。でもサービス業の楽しさは譲れない。両方を活かせる職を探していたところ見つけたのがメイテックでした。お客さま企業に入り込む仕事だから、顧客折衝の機会にも恵まれている。離職率の低さも背中を押しました。きっと雰囲気のいい職場にちがいない。最後の転職と決め、入社しました。

海外ユーザーからの難題を任された。
基板設計の限界にチャレンジ。

最初のお客さま先では、車載用インバーターの基板設計を担当。ここでブランクを解消することができました。次に着任した大手電機メーカーでは、海外向け製品を任されました。業務用ウェアラブルカメラの基板設計でした。ユーザーからは、業務に支障がないよう、ユニットを小さくしてほしいという要望。それに応えようとすると、どうしても基板に部品が収まらない。基板設計においては「部品が収まらない」というのは日常茶飯事とはいえ、それまで経験したレベルのものではなく、不可能にも思えました。とはいえ、難題を解決してこそプロのエンジニア。新しい工法の提案を行い、生産部署等にも協力を取り付け、各工程における評価・検証もクリア。なんとか量産可能の判定が。無事、商品化にこぎつけることができました。基板は、電気のことに精通しているだけではダメなんですよね。機械分野をはじめとする他分野についての知見や、製造方法、各工程等についての知見が不可欠だということを、このプロジェクトを通して学びました。今後は特に機械系の知識を増やし、いつか基板設計なら松原と言われるようになりたいですね。

先輩社員に支えてもらった。
今度は自分が、若手を支える番。

お客さま先では、折衝の場面が多いんです。特に私は、組織間や組織内において、潤滑油としての役割を期待されていると思います。入社以来、部品メーカーなどとの折衝を任されていますし、ときには、部署の異なる担当者同士の間に入り、調整役になることもありました。一方、メイテック社内のコミュニケーションも活発です。イベントや懇親会が多く、参加率も高い。業務外のつながりも強いんです。そういう交流を通していつも思うのは、年齢問わず社員間の距離がとても近いということ。ベテラン社員が偉ぶらず、技術について、あるいはエンジニアの生き方について、率先して教えてくれる。支え合いの精神が根づいているんでしょうね。私も、中堅の年齢で入社したとき、周りから気にかけてもらい、この会社に根を下ろすことができました。今マネージャーをやっていますが、今度は自分が支える側になりたいという思いで、若手と向き合っています。なんでも言えるような雰囲気づくりを心がけ、これからもフォローし続けたいと思います。